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<大アルカナ・法皇>
このカードは、複数の「呼び名」を持っています。
「法皇」「教皇」「司祭」
人々より、一段高い場所に「法皇」は腰をかけています。
背景には、左右対称に真っ直ぐで太い柱が見えます。
真っ赤なローブをまとい、自分の頭よりも大きい黄金の冠をかぶった「法皇」は、威厳があり、気安く近づけない雰囲気ですが、でも、拒絶感は感じません。
来るものを皆、歓迎してくれます。
二人の使徒が、法皇の前にひざま着いています。それは、強制的にではなく、自ら進んで。法皇の「教え」にじっと耳をすまして、一言も逃さない様に、法皇の言葉を聞いています。
使徒は法皇をじっと見つめているために、彼らの目の前にある「鍵」には気がついていません。
その「鍵」を使うと、新しい扉を開けることができるかもしれませんが、今のところ、「鍵」を手に取る様子を見て撮ることはできません。
法皇は、二人の使徒に、「平等」に金言を告げています。
法皇の右手は、2本を指が真っ直ぐに上に向かって伸ばされていて、まるで、「天」からのメッセージを感じ取ろうとアンテナを立てている様にも見えます。
法皇は、常に「天」と繋がっていて、「大いなる」ものと「地上にあるもの」との架け橋をしているのかもしれません。
つまり、法皇が語ることは、法皇個人の言葉ではなくて、「大いなるもの」からのメッセージであり、「大いなるもの」は、いつも「地上にあるもの」に、影響を与え、だから、「地上にあるもの」は、「大いなるもの」の中で守られているとも言えます。
手の指は繋がっているから、法皇の様に、2本だけ真っ直ぐに上に向けて伸ばすことはできません。(すごいレッスンをしたら、もしかしたら可能かもしれないけど)
いつも法皇の右手を見るたびに
「この人ってすごい!」と思うのです。
だから、こんなすごい事が楽々できる人の言うことは、ものすごい事なんだろうなと思うのです。
常人ではできないことをやってのける「法皇」は、「祝福」と「叡智」を授けてくれます。
その中で、人は守られるのです。
その中でしか、人は守られません。
集団の中での素晴らしい関係性。
慣習に従う。
伝統を守っていく。
斬新ではなく、慣例にしたがって進む。
周囲との調和を考える。
全ての人にとって、それは「幸せ」と言えるのか。
道を外れることは許されない。
社会的な役割を果たしていく。
(恋愛相談の場合)祝福された結婚。
個人の感情を抑圧する。
モラルを守る。
自由を求めるならば、その場を立ち去らなくてはいけない。
(ネガティブに捉えると)洗脳されている。
「常識」に囚われてしまうと、「視野」が狭くなってしまうので、「その他」の世界が、自分が見ている世界から遠ざかっていきます。
また、「なんだかすごい!」人は、本当にすごいけど、果たしてその「すごい」は、一体何がどうすごいのか、冷静に自分で確かめなくてはいけません。
なぜならば、その「すごい」が自分にとって、「ポジティブ」へ導こうとしてくれているかどうかは、自分で判断するしかないからです。
「すごい」は、そこまでの責任を負ってはくれません。と言うよりも、責任を負うことができません。
「だって、わたしの前に、ひざまづいて、わたしの話を聞いていたから、わたしは、わたしの話しを貴方にしただけでしょ」と言われます。
でも、「すごい」の言うことを、そのまま鵜呑みししていると、「すごい」の中で安心していられるから、自分で考えて判断し決断する必要はありません。だから、ある意味、とても楽です。
「法皇」のカードは、今ある「慣習」を、遠くから眺めてみたら?と伝えています。